加藤登紀子は反日?なぜ日本が嫌いなの?獄中結婚した夫と娘の現在は?

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1月24日のあさイチに

歌手の加藤登紀子さんが出演し

話題になっています。

千葉県鴨川市の特集で

自然王国での田舎暮らしに密着!

という内容でしたが・・・

加藤登紀子氏さんは

『日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる。』

と公言する反日だという声が・・

私の中で加藤登紀子さんというと

東大出身の歌手

夫と獄中で結婚した?

娘さんがいる

百万本のバラとうい曲が有名

というイメージがあるのですが・・

加藤登紀子さんってどんな方なのでしょうか?

加藤登紀子は反日?なぜ日本が嫌いなの?

あさイチに出演して話題の加藤登紀子さんが、

反日で日本が嫌いという発言をしていた?

と話題になっています。

『日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、

その言葉から逃れたい衝動にかられる。』

どうやら加藤登紀子さんは本当に【日本】が嫌いで

【日本】という言葉すらも発したくない?!

なぜそう思うのでしょうか?

1974年の『週刊朝日』に

加藤登紀子さんの書いた

『日本というものを徹底的に知りたいという思いは、私の中に激しくつのってくるのだ。

しかし、にもかかわらず、日本という言葉を発するときに、

たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる』

という文章が掲載されているようです。

加藤登紀子さんは

日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる。

それは今や国家権力としての日本への抵抗感であることを越えて、

現実世界のあらゆるところに顔を出してきているいやらしさである。

とエッセイの中で述べています。

加藤登紀子さんが獄中結婚した夫や娘の現在は?

加藤 登紀子

かとう ときこ、

本名:藤本 登紀子

1943年12月27日(75歳)

出身地 満州国・ハルビン市

学歴 東京大学文学部西洋史学科卒業

活動期間 1966年 – 現在

加藤 登紀子さんはシンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。

「おときさん」の愛称で親しまれています。

現在は星槎大学共生科学科の客員教授でもあります。

次女は歌手のYaeさん。

血液型O型。

満州ハルビン生まれ・京都育ち。

東京都立駒場高等学校、東京大学文学部西洋史学科卒。

1965年 東京大学在学中に、第2回日本アマチュアシャンソンコンクール優勝。

1966年 「誰も誰も知らない」でデビュー。

「赤い風船」で第8回日本レコード大賞新人賞受賞。

1972年 藤本敏夫さんと獄中結婚。

藤本敏夫さんは1972年4月21日に

学生運動関連(公務執行妨害・凶器準備集合罪など)で実刑判決を受け、

中野刑務所に収監されていますが、

1972年5月には加藤登紀子さんと結婚されています。

加藤登紀子さんは結婚後、出産のため、一時音楽を離れます。

1975年 次女Yaeさんを出産します。

1981年、加藤登紀子さんは

気候が温暖な千葉県に鴨川自然王国を夫の藤本さんと共に設立します。

2002年7月31日、

夫の藤本敏夫さんが肝臓ガンのため永眠しました。

加藤登紀子さんの長女は、美亜子さん。

1972年12月7日生まれで現在46歳。

現在、千葉でカフェを経営しているという情報がありました。

加藤登紀子さんの次女は歌手の八恵さん。

1975年12月14日生まれで43歳。

加藤登紀子さんの三女は1980年生まれで、お名前は明らかになっていません。

加藤登紀子は反日?なぜ日本が嫌いなの?獄中結婚した夫と娘の現在は?まとめ

1月24日のあさイチに出演した加藤登紀子さん。

加藤登紀子氏さんは

『日本という言葉を発するときに、たえず嫌悪の匂いが私の中に生まれ、その言葉から逃れたい衝動にかられる。』

と公言する反日だという声が・・

1974年に週刊朝日のエッセイで発言しているようですが・・・

そう発言するほど日本が嫌いなのにずっと日本に住み続けている?!

とちょっと疑問ですね・・

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