中島伸子(井村屋)の経歴や学歴は?バイトから社長に?結婚した夫や子供はいる?

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「あずきバー」で知られる井村屋グループ(津市)の中島伸子・副社長(66歳)が

新社長に就く人事が発表されました。

井村屋グループ(津市)で、女性のトップ就任は1896年の創業以来初めて。

多様性を重視する経営姿勢を打ち出し、持続的な成長を図るねらいということです。

井村屋の新社長はなんと「アルバイト出身の女性」です。

どんな方なのでしょうか?

中島伸子社長(井村屋)の経歴や学歴は?

中島 伸子氏(なかじま・のぶこ)

1952年11月8日生まれ

66歳

近畿大豊岡女子短大(現豊岡短大)卒業。

78年井村屋製菓(現井村屋グループ)。

副社長を経て18年4月から副会長。

新潟県出身

趣味は能面作りと水墨画。

中島伸子氏略歴

1978年1月:同社 入社
1998年4月:北陸支店長
2006年4月:執行役員 関東支店長
2008年4月:上席執行役員 マーケティンググループ長
2008年6月:取締役 マーケティンググループ長
2011年6月:常務取締役 総務・人事グループ長
2013年6月:専務取締役 井村屋グループ部門統括
2017年4月:代表取締役副社長 井村屋グループ部門統括
2018年4月:代表取締役副会長 井村屋グループ部門統括(現任)

中島伸子社長(井村屋)の家族(夫や子供)はいる?

井村屋グループ(津市)の中島伸子・新社長は

23歳の時に井村屋の福井営業所にアルバイトとして入社。

3人の子どもを育てながら女性社員のパイオニアとして活躍してきました。

井村屋グループには、社内託児所があり、女性が働きやすい環境を作り、能力を発揮している中島伸子氏。

関東支店長を務めるなど営業経験が豊富で、

取締役としてグループ会社の財務などの統括も担当。

働き方改革やダイバーシティ(多様性)を推進、

生産性向上や新規事業の育成に取り組むとしています。

中島伸子・新社長は20歳の時に、北陸トンネル列車火災事故に遭遇し。

目の前に3人の幼子を連れたお母さんが座っていましたが、

亡くなったことを入院中に知ったそうです。

なぜ自分は生き残ったのか――。

何も手につかない日々が続いている時、父から

「生きていくことが亡くなった人への恩返しになる」

と書かれた手紙を受け取り、

置かれた場所で一生懸命にやれば社会に役立てる。

そう気づいたそうです。

中島伸子・新社長は結婚後、

アルバイトを募集していた自宅近くの井村屋で働き始めました。

25歳で正社員登用試験を受けて入社。

3人の子どもを育てつつキャリアを重ね、53歳で女性初の執行役員と関東支店長に就任。

その後も女性初の取締役や副社長、副会長を歴任してきました。

中島伸子・新社長の結婚した夫についてや結婚の時期は不明ですが・・

23歳でアルバイトをされた時にはすでに結婚されていたようですので・・

3人のお子さんたちもおそらく成人されているでしょうね。

中島伸子・新社長は仕事と家庭との両立で思い出深いできごととして

次のようなことをインタビューで答えています。

朝は5時45分か6時に家を出て、帰りは夜9時、10時。

特に北陸支店長のときは大変でした。

働き続ける上で一つだけ夫の約束したことは子どものお弁当を必ず作ること。

北陸支店勤務の時に寝坊して、おかずが生野菜にマヨネーズをかけただけになったことも

高校生の息子に

「今日が一番豪華な弁当やった。同情した友達が弁当のふたにエビフライやハンバーグを載せてくれた」

と言われて切なくなったそうです・・

でも、小学生の娘さんは

「約束したことにこだわらなくていいよ。生き生きと働いているお母さんが好きだから」

と言ってくれ

ご主人も笑って聞いていくれたのだとか・・

単身赴任の経験もある中島伸子新社長、

家族の支えに助けられて今日まで働いて来られたそうです。

中島伸子(井村屋)の経歴や学歴は?バイトから社長に?結婚した夫や子供はいる?まとめ

アイスクリーム「あずきバー」で知られる井村屋グループ(津市)は22日、

中島伸子副会長(66歳)が社長に就く4月1日付の人事を発表しました。

井村屋グループとして初の女性トップとなるアルバイト出身の社長が誕生します。

井村屋グループ(津市)の中島伸子・新社長は

アルバイトとして入社し、

3人の子どもを育てながら女性社員のパイオニアとして活躍してきました

女性や母親の目線も持つ中島伸子・新社長、

手腕に注目が集まりそうですね!

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