ケーシー高峰の家族は妻と息子?現在の年齢や名前の由来は?医師免許や被災地支援とは?

黒板やホワイトボードを使ったお色気医事漫談で知られるケーシー高峰(たかみね、本名門脇貞男=かどわき・さだお)さんが8日午後3時35分、肺気腫のため入院先の福島県いわき市内の病院で死去されました。

85歳でした。

ケーシー高峰さんは山形県出身。

葬儀は近親者のみで営まれるということです。

医事漫談の第一人者として、半世紀以上にわたって活躍。俳優としても渋い演技で数多くの作品を彩り、マルチタレントの草分けだったケーシー高峰さん。

白衣姿で聴診器を携え、医学用語を使いながら笑いを誘う医学漫談や、「セニョール」「グラッチェ」などの言葉で人気を集めテレビ番組の司会者としても活躍しました。

俳優としての人気も高く、NHKのドラマ「夢千代日記」や映画の「木更津キャッツアイ日本シリーズ」など多くのテレビや映画に出演しました。

私がはじめてケーシー高峰さんの存在を知ったのは「木更津キャッツアイ」のお医者様役でした・・

医師一家に生まれ育ったケーシー高峰さんですが・・ご本人は医師免許を持っていたのでしょうか?

ご結婚された奥様やお子さん(息子さん)の名前がキラキラネーム?!だというのは本当なのでしょうか?

プライベートでは被災地に貢献したというエピソードなどについてもまとめました。

ケーシー高峰さんの名前の由来は?医師免許は持っていない?

ケーシー高峰
本名 門脇 貞男
ニックネーム ドクター
生年月日 1934年2月25日(85歳)
出身地 山形県最上郡最上町
身長 174cm
方言 山形弁
最終学歴 日本大学医学部、日本大学芸術学部、医学博士(日本大学)
師匠 大空ヒット
芸風 医事漫談
他の活動 俳優
配偶者 あり

商社マンの父、江戸時代から続く医師家系の母の間に生まれ、家業を継ぐため日大医学部に入学。

しかし、ジャズやラジオに傾倒し、医学部を卒業しても医師国家試験を受験せず、医者になりませんでした。

のち日本大学芸術学部に学士入学しています。

(Wikipediaでは医学部を卒業とありますが・・実際には医学部を途中でやめて藝術学部に転部されたようです)

ケーシー高峰さんは医師免許はもっていないと思われるものの、医学部に在籍していて自身も江戸時代から続く医師家系に生まれ育っていることから

医学の知識が豊富なんですね。

医学部をやめた時に母親に勘当されたケーシー高峰さん

医事漫談を始めた理由こそ

「医者にはなれなかったけど、白衣を着て親孝行をしたい」という思いからでした。

芸名は脳外科医を描いた米ドラマ「ベン・ケーシー」と、少年時代に一目ぼれした高峰秀子さんから取ったもの。

晩年は客いじりも取り入れた話芸へと変化。

80歳を超えてなお、正月の演芸番組に欠かせない存在でした。

在学中からジャズクラブなどの司会業で頭角を現し、1957年の卒業後、本格的に芸人の道へ。

漫才師「リーガル天才・秀才」に弟子入りし、漫才コンビ「大空はるか・かなた」として活動。

解散後の1968年、ケーシー高峰に改名。

白衣姿で黒板やホワイトボードを使い、医学を説明しながら、エロネタを交えていく毒舌の医事漫談を生み出し、お笑い番組で引っ張りだこに。

「グラッチェ(イタリア語、ありがとう)」「セニョール(スペイン語、男性に呼びかける言葉)」「セニョリータ(同、女性に呼びかける言葉)」など、連発する謎のラテン系あいさつは当時の流行語にも。

その芸風は立川談志さんやビートたけしさんらからも絶賛されていました。

ケーシー高峰の家族は妻と息子?名前や年齢は?

ケーシー高峰さんのご家族は、妻と息子さんが2人いらっしゃるそうです。

妻 詠子さん

長男 浄児さん

次男 愛美吾(あみいご)さん

息子さんの名前がアミーゴさんだということは、以前テレビ出演した際に語っていたそうです。

笑福亭鶴瓶さんから「キラキラネームやん」とつっこまれていたのだとか・・

ケーシー高峰さんのご家族は一般の方ということで、顔画像や年齢は不明ですが・・

お二人の息子さんはケーシー高峰さんの年齢が85歳なので、50代くらいではないかと思われます。

ケーシー高峰の被災地支援とは?

ケーシー高峰さんはプライベートでは被災地に貢献。

2011年の東日本大震災後には、80年代から住み続けた第二の故郷でもある福島県いわき市の避難所で炊き出しを行ったり、漫談を披露したりして被災地の人々との触れ合いを大切にされていました。

釣りが好きで、東京からいわき市に移り住んだ理由も「海が近く、魚がおいしいから」と話していたそうです。

ケーシー高峰の家族は妻と息子?現在の年齢や名前の由来は?医師免許や被災地支援とは?まとめ

白衣姿の医学漫談が人気を集め、テレビ番組の司会者や俳優としても活躍したケーシー高峰さんが肺気腫のため亡くなりました。

85歳でした。

去年4月ごろに肺気腫と診断され、療養を続けながら民放の演芸番組に出演するなどしていましたが、8日、福島県いわき市にある病院で亡くなったということです。

ケーシー高峰さんのご冥福をお祈りします。